トップページリレーインタビュー尊厳ある人生を支援する

笑顔をつなぐ ~ 食とコミュニケーション ~

2020/12/14

尊厳ある人生を支援する

広島大学歯学部 客員講師 牛山京子先生


これまでのご活動を聞かせてください。


 私が歯科衛生士として働き始めた頃は、虫歯や歯周病に罹患した方が多く、どこの医院も患者で溢れていました。
 特に子供たちの虫歯は進行が早く悲惨でした。そこで、卒業1年後には仲間と共に、山梨県歯科衛生士会を立ち上げ会長に、学びながら活動を始めました。1975年頃より市区町村の乳幼児健診にも携わりました。当時は歯医者さんが少なく、治療に精一杯の時代でしたので、健診に歯科衛生士が加わることで、住民の歯の状態がみるみる良くなっていったのを思い出します。
 それから在宅訪問に携わったのは1986年でした。山梨県歯科医師会甲府支部で訪問診療が始まりましたが、実際には診療や治療どころではありませんでした。お口は大変汚れており食物残渣も付着し、歯肉の腫れや出血でびっくり、言葉を失いました。とても食べられる口ではありませんでした。その頃はキュアが優先されていてケアは軽視され誰も考えようとしない時代でした。
 ちょうど、山梨県歯科医師会とアイオア州との交流で現地視察に訪れた時のことでした。デモイン大学の講師で、交通事故で車椅子を使った生活になられた歯科衛生士の先生にお会いしました。当時、車椅子で生活している人は外に出歩かない時代の日本社会で活動していた私は、その姿に愕然としました。これがノーマライゼーションとの最初の出会いで、理念を学ぶきっかけとなった出来事でした。障害がある人もない人も共に生きられる社会を構築する。それは特別なことでなく自然体に対等で平等に接する。そういうことが大事だと気づきました。私にとって大きな学びとなった視察でした。


 歯科衛生士が在宅訪問することで診療報酬を得るということが医療保険に収載されたのは、1989年(平成元年)になってからでした。要介護者は寝たきり老人といわれ、私はとても心痛め、日々新たな手法を模索しました。しかし、多くの方には理解されませんでしたね、当時、世の中はキュアの視点で医療が展開されていた時代。私が目指した、口腔ケアやリハビリテーションという視点は歯科衛生士としての活動イメージが湧きにくかったのかもしれませんね。皆さんが考えも及ばない視点で活動しましたので、参考になる出版物がなく、独学で学び臨床実践をしました。1998年にはこれまでの実践をまとめた自書を出版しました。リハビリテーションや食支援という切り口でした。とても反響は大きい物でした。
 当時のことを思い出すとき、高齢者のお口の中が汚くて食べられない状態にも関わらず、無理やり食べさせていたことを常に思い出します。お口のことはみんな無視していた時代。それでは肺炎になりますよね。お口をきれいにしていたら美味しく食べられる、基本的なことでみんなが元気になることを実践し示し続けました。


 大阪府立看護大学での歯科衛生士科では学生さんにたくさん指導しました。その後、フリーになって全国への講演活動などや、市町村の保健指導や介護予防などに取り組んできました。また、医療保険、介護保険での口腔衛生指導も行う中、医師から依頼や応援を頂きました。


在宅訪問でのコミュニケーション。コツやポイントは?

 笑顔を絶やさないことですね。そして、「こんにちはー」とゆっくり話すこと、そのあと、にこっと笑みを浮かべながら「よろしくお願いします。」と挨拶することでしょうか。その人の機能に合わせてあるがままを受容します。ほめながら進めていくと機嫌がよくなりますし、介護をする側も受ける側も変化していくのを喜びます。それを認めながら共有し、一緒に前に進みます。
 嫌なことだったら、「嫌だよね、ごめんなさい、ちょっとあと一回お願いしてもいいですか?」とそんな感じでお願いしながらやってもらうこともあります。ケアする側のコミュニケーション力が高くないとうまくいきませんね。また、多面的に人を観察する力が大切です。相手を受容しながら、寄り添い、癒されるように相手がほほ笑むようなところを探りながら誘導していくことが大切ですね。(笑顔・受容・共感)
 理想的な環境でしっかり対応できることは少なく、現実は厳しいです。その中でも最期まで希望を持てるように、尊厳ある人生を支援するのが私のテーマです。


東日本大震災時の貴重な経験


 3.11の時は沢山の口腔ケア用品を持って一人で被災地に向かいました。何十年も在宅訪問をしてきて、現場で物事を考えて行動してきた経験が役に立ったと実感できました。口腔ケア用具は的確でないとケアを受ける方は嫌がるだけです。歯ブラシは用意されていましたが、高齢者や口腔内に問題がある方用のやわらかいものはありませんでした。まず用具があっているかを観察し、やり方を伝えました。ペットボトルやビニル袋を使って少しの水でうがいをできる工夫もしました。在宅訪問をしていく上では、あるものを利用して柔軟な発想をしていくことが大切でした。どこでも割烹着で活動していましたから、みなさん話しやすかったかもしれませんね。
 震災は戦場に行った思いですから、自分の人生にとてもインパクトがありました。その後も交流を持つことができ、セミナーや講演会もさせて頂きました。


食とコミュニケーションへの想い

 人生100年時代、人それぞれが尊厳ある人生を保ち、暮らしてほしいと願っています。お口の健康を保つことによって食もコミュニケーションも盛んになるはずです。このことを多くの人に理解していただきたいと思って、地域の高齢者の健康教室でもお伝えしています。皆さんの幸せを願いながらこのことが拡がるといいなと思っています。
 お口は誰にとっても大切です。数日歯を磨かなかったらとても気持ち悪くなるでしょう?お口の中が気持ちいいだけで、しっかりつばも飲み込めるし、食べるものも食べられます。これは、経口摂取不可能の方や終末期も同じことが言えます。どんな状況に置かれている人でも、基本は同じであることを実感しています。


 34年活動してきて、昔私が思い描いたことを理解してくださる人が確実に増えました。歯科の世界は更に発展しています。オーラルフレイル*ということが3年前から広く言われるようになりました。口腔機能低下症**については、7つの検査項目により評価します。
 訪問をするかしないかという時代から在宅訪問は当たり前の時代になり嬉しいことです。


 ただ、世の中何があるかわかりません、新型コロナウィルス感染症の蔓延は夢にも思もいませんでしたし、豪雨や震災も増えています。ニューノーマルな時代、予測不可能な時代をどう生きるか、動じないで冷静に客観的に行動できる自分を作っておかないと生き抜けないかもしれませんね。これは私が熱中してきた在宅訪問も同じことが言えると思います。
 私は現場重視で活動してきました。現場で多面的に見る力が一番学ぶ場になると思います。そうすることで自分自身も豊かになりますから。個々の尊厳を重視する。これが食とコミュニケーションの原点でしょう。


オーラルフレイル*
 日常生活におけるささいな口の機能低下に伴う食を取り巻く環境悪化の兆候がみられる段階(滑舌低下、食べこぼし、噛めない食品の増加、わずかなむせなど)を経て口腔の虚弱が増加し、食べる機能障害へ陥り、さらにはフレイルに影響を与え、心身の機能低下にまで繋がる一連の現象及び過程


口腔機能低下症**
 口腔衛生状態不良、口腔乾燥、咬合力低下、舌口唇運動機能低下、低舌圧、咀嚼機能低下、嚥下機能低下の7つの項目のうち、3項目以上該当する場合に口腔機能低下症と診断される。



牛山京子先生

広島大学歯学部 客員講師 歯科衛生士

ご略歴
歯科医院勤務・市町村保健指導を経て,1986年より口腔ケアに携わり,在宅訪問歯科診療事業に従事.その後は市町村介護予防・保健指導や訪問口腔衛生指導を行いながら,歯科大学や歯科衛生士学校,看護大学などで非常勤講師を務め,全国でセミナーも行っている.東日本大震災の際には,東北で歯科口腔分野のボランティア活動を通じて支援の輪を拡げる.長年に渡り山梨県歯科衛生士会会長を歴任し,2001年には歯科衛生分野の功績に対し厚生労働大臣表彰を受ける.専門は,口腔保健学,口腔衛生学,摂食嚥下リハビリテーション学

Copyright © 2020-2021 一般社団法人 食とコミュニケーション研究所 All Rights Reserved. Produce by Web浜松