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2023/02/13

「食べる楽しみと選ぶ楽しみを願って」

言語聴覚士 八田理絵


 私は、嚥下障害のある方のお家に訪問している言語聴覚士です。話すことや飲み込みについてのリハビリを行っています。訪問に出る以前は、10年以上病院勤務をしていました。患者さんが、退院後にリハビリの専門職がいない、他の支援体制も少ないからという理由で、「食べること」や「話すこと」のリハビリを継続して受けられないという事がありました。少しでもこの現状が変わるように、「自分が退院後の受け皿になろう」と訪問リハビリの世界に飛び込みました。
 しかし、実際にご自宅に訪問に行き始めてから、訪問で必要とされていることが多岐に渡り、病院勤務の経験だけでは一筋縄に行かないケースが多々あることを痛感しました。お家での暮らしは、「飲み込み」や「言葉」のお困りだけではありません。食事、排泄、睡眠等、全部ひっくるめての「生活」がそこにありました。私は、「お家での暮らしが少しでも暮らしやすくなるにはどうしたらいいのだろう」「どうしたらもっとより良い支援が出来るのだろう」と考え悩むこともありました。
 嚥下障害のある患者さんやご家族からは「少しでも良いから形がある美味しい物が食べたい」「トロミを使わずに済む方法ってないのですか」「母に食事を楽しませてあげたいです」「父に食べさせてあげることが私の大きな喜びなんです」「本当はもっと食べさせてあげることを考えたり、手伝ったりしたいのですが、専門家じゃない自分が何かをすることで誤嚥性肺炎になることが怖くて、不安です」等のお声を聞きました。
 患者さんが食べたいと思っていても、食事が提供できる介護環境や金銭的な余裕がなかったり、ご家族が何か食べさせてあげたいと思っていても、提供したい物と患者さんの嚥下状態と合わなかったりすることもあります。寝たきりが続いて食欲がなかったり、市販品を受けつけなかったり、飽きてきて食が進まなくなってきました、とお話しされた方もありました。
 そんな悩みを抱えていた時、幸運なことに、私は、歯科医師の先生や訪問管理栄養士さんと一緒に訪問で食支援をするという経験をしました。食に関わる専門職が職種を超えて集まり訪問して支援しようというものでした。自分一人で考えていても答えが出ないことを、他職種の方と情報共有することで、解決の糸口が見えたことがありました。ご本人のお家だからこそできる支援をすることができて、ご本人、ご家族に喜んでいただけた時は本当に嬉しかったです。
 食支援チームで見出した支援は、ご本人、ご家族、主治医、ケアマネージャー、看護師、薬剤師、療法士、ホームヘルパーの在宅を支援する職種全員で共有しました。ヘルパーさんは24時間のご利用者さんの様子を知っておられるので、そこからいただいたお話を元に、さらに色々と工夫をしていきました。
 「自分の人生を、自分で決めていく」
 それはなかなか難しいことかもしれません。しかし、私たち言語聴覚士がお家に訪問することで食に関する選択肢が増え、少しでも希望に添えるならこれほどやりがいのある仕事はないと思いました。これからも、お一人お一人のお話を聞きながら、一人の支援者として暮らしを支えていきたいと思います。
 また、それと同時に、「社会の多くの方の“知らない”を“知っている”に変える」活動をしていきたいです。誤嚥性肺炎やその対応がもっと世の中に知られて、「専門家でない人も出来ることがわかり、誤嚥性肺炎で苦しむ方が減る」そんな社会を目指して、自分自身も活動をしていきたいと思っています。


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